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名古屋高等裁判所 昭和63年(ラ)136号 決定

抗告人 米田恒彦 外1名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由は、別紙「即時抗告の申立」と題する書面記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

当裁判所も、抗告人らの本件特別養子縁組成立申立は却下すべきものと判断する。その理由は次のとおりである。

まず、記録により認められる本件に関する基本的な事実関係は、次に付加するほか、原審判理由中説示(原審判1枚目裏5行目から2枚目表6行目まで)のとおりであるから、これを引用する。「事件本人山根千加子(以下「本人山根」という。)は、固定給の9万円を含め、多いときで月額20万円程度の収入があり、一応自力で親子4人の生活を賄つているが、居住家屋のローン月額6万円の支払については、実家の援助を受けている。

事件本人米田裕子(以下「本人裕子」という。)は、現在まで抗告人らの監護下で格別の支障なく成長しており、生活環境上の問題も特段うかがわれない。なお、本人山根からの干渉は全くない。」

ところで、既に普通養子縁組により養親子関係にある者についても、その間に、特別養子縁組を成立させることが全く許されないものとはいえず、殊に、本件のごとく、右特別養子縁組制度施行(昭和62年法律第101号による法改正で、同法附則1条により昭和63年1月1日から施行)前に普通養子縁組が行われていた場合には、その縁組当時右特別養子縁組成立の申立をする余地がなかつた点にかんがみ、現時点において、実親と普通縁組による養子との間に民法所定の要件が存する限り、いわゆる普通養子縁組の特別養子縁組への転換が認められてしかるべきものと解される。

しかしながら、他方、特別養子縁組が、幼年の子の監護、養育上特に必要性の高いと認められる場合にのみ許されるものであり(民法817条の7の文言からも、そのように理解するのが相当である。)、かつ、実親と子の親族関係の終了、離縁について厳格な制約等将来にわたり重大な法的効力を生ずるものであることにかんがみれば、右の転換が認められるためには、子の監護、養育に関し、実親からの不当な干渉がある等具体的な支障が生じていること、あるいは、少なくとも、実親の生活状況や人間関係などからして、実親と子との間に、右のような重大な法的効力を確定的に生じさせることにつき、これを首肯させるに足りる顕著な事情の存することが必要であるというべく、単に、今後とも養親と生活する方が、実親と生活するよりも子にとって望ましいという程度で、たやすく右の転換を認めることは、右のような特別養子縁組制度の本来の趣旨にも反し、許されないところといわなければならない。

これを本件についてみるに、前示の事実関係によれば、本人山根が抗告人らの本人裕子に対する監護、養育につき不当な干渉を行うなどしている事実はなく、従来の普通養子縁組を前提とした養育関係に支障が生じていないことは明らかであり、また、本人山根の生活状況などからすると、社会通念上、今後とも本人裕子にとつては、抗告人らの監護下で生活する方が、本人山根の監護下で生活するよりも、社会的、経済的に安定した生活環境を享受し得る公算が大きいとはいい得るとしても、本人山根による本人裕子の監護、養育が全く、若しくはほとんど期待できず、ひいては、右両人間の親族関係を終了させる等、あえて前記のような特別養子縁組による法的効果を生じさせることを正当とすべき顕著な事情が存するものとまで、いうことができない。

なお、抗告人らは、本件に関する重要な事情として、本人裕子が実父から認知を得ていない点を指摘するが、右に説示したところを念頭に置けば、これをもつて、本件において特別養子縁組の成立を相当とするほどの顕著な事情とは解し難く、その他、記録を検討しても、本人裕子の利益のために、本件特別養子縁組を成立させるべき特別の事情を見いだすことはできない。

三  よつて、本件特別養子縁組成立申立を却下した原審判は相当であり、本件抗告は理由がないから棄却することとし、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 浅香恒久 裁判官 日高乙彦 畑中英明)

〔参考1〕 即時抗告申立書

即時抗告の申立

昭和63年9月24日

名古屋高等裁判所 御中

刈谷市○○町×丁目××番地

抗告人両名代理人弁護士 ○○

審判事件の表示  昭和63年(家)第83号特別養子縁組成立申立事件

本籍並びに住所  愛知県高浜市○○町○○××番地×

抗告人(申立人) 米田恒彦 昭和18年10月26日生

本籍並びに住所  上記申立人の本籍並びに住所にそれぞれ同じ

抗告人(申立人) 米田光枝 昭和22年8月4日生

本籍並びに住所  上記申立人らの本籍並びに住所にそれぞれ司じ

事件本人(養子となる者) 米田裕子 昭和55年12月7日生

本籍並びに住所  愛知県高浜市○○町○○××番地××

事件本人(養子となる者の母) 山根千加子 昭和25年6月17日生

上記事件につき名右屋家庭裁判所岡崎支部が昭和63年9月2日にした「本件申立を却下する」との審判に対し即時抗告いたします。

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を名古屋家庭裁判所岡崎支部に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の理由

1 原審判は、事件本人山根千加子(養子となる者の母)が財産分与を受けた家で生命保険の外交員をして3人の子供を養育していること及び同人が申立人ら夫婦において事件本人米田裕子が養育出来ないような状況が生じたら、いつでも引き取る意思を有していることを理由に現時点において事件本人山根千加子は事件本人米田裕子を手許に引き取って養育監護することは充分可能であると思料されるから、民法817条の7の「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合」には該当しないものと認定し本件申立を却下している。

2 しかし、上記認定は以下の理由により誤りであり、本件申立を却下した原審判は不当である。

(1) 事件本人は、離婚した生田敏典から財産分与として取得した家、即ち自己の持家で居住しているものであるが、ローン未済でしかも自己の収入をもってしては返済不能で親の援助で辛うじて返済している状況であるから、必ずしも将来持家で居住できるかどうか何等保証はない。

(2) 事件本人山根千加子の収入は、固定給としては月額9万円のみで、多くとも歩合給を含めて1か月20万円で、極めて不安定であって、現に養育中の3人の子供を養育監護するのみであっても決して十分でないと云うべきであり、更にもう1人子を養育するとすればその生活は最低限のものになって、教育も義務教育に限定されるおそれがある。

(3) 親であれば誰でも引き取る意思はあると言明するのは当然である。しかし、この言明をしたからといって直ちに本心から引き取りたいと希んでいるとは限らないことも明らかである。事件本人山根千加子は申立人らにおいて養育出来ないような状況が生じたら、いつでも引き取るといっているが、本心から引き取りたい、養育が可能であると考えるのであれば、「申立人らにおいて養育できないのであれば引き取る」と条件付でいうはずのないものである。

したがって、引き取る意思があるというのみでは養育監護することが可能であるとはいえないものである。

(4) もし、事件本人米田裕子が事件本人山根千加子に引き取られるとするならば経済的に現時点より不利な状況におかれ、進学を希んでも許されないという不利益を受ける許りでなく、片親に養育されるという不利益も受ける。

(5) 事件本人米田裕子は認知を受けていない。このままでは、いわゆる「私生児」ということで、今後不利益を受けるおそれがある。強制認知という方法があるが、村田行男が山根直也を認知したのみで、事件本人米田裕子を認知しなかったのは何らの事情があったはずで、かりに強制認知の方法をとろうとしても成功しないおそれがある。村田行男が事件本人米田裕子を認知しなかった事情について十分な調査をしなかった原審判は不当である。

添付書類

1 委任状 2通

〔参考2〕原審(名古屋家岡崎支 昭63(家)83号 昭63.9.2審判)〈省略〉

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